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画家が書いた絵ではない滞在記

f:id:kuromekawa28:20150802101910j:plainちくま学芸文庫

 ポール・ゴーギャンといえば、あの画家かと知っている人は多いはずだが、このような滞在記を書いていると知っている人はいないはずだ。彼は1891年6月から93年6月までタヒチに滞在し、約50点の絵画を制作した。その経験を綴ったのがこの滞在記だ。

 

 「ノアノア」とはタヒチ語で「かぐわしい香り」という意味だそうだ。

 

物語は63日間の航海の後、船がタヒチに到着するところからはじまる。ヨーロッパ化されたタヒチに当初失望した彼は、中心部から離れた場所に住まいを借りて、徐々に土地の暮らしや風習になじんでいった。それはヨーロッパ人のひとりの男が文明の衣を脱ぎ捨て野生を獲得するまでの魂の遍歴を描いたものだろう。

 

しかし、中身はやけに官能的である。彼はもうほとんど現地の女しか見ていない。文明に染まった最初の愛人、彼を見舞う王女、肖像を描きたいという求めに応じた娘、そして妻となる13歳の少女テウラなどなどである。

 

しかし、そういう男は必ずいつかは母国に帰る。フランスに戻る日が来て、岸壁を離れる船の甲板から涙にくれるテウラを見る。そして、<御身ら、南と東の軽やかな微風よ>という呼び掛けではじまるマオリの詩を思い出す。<急ぎ連れ立って別の島へ駆けよ。そこに、私を捨てた男がいるはず、気に入りの木蔭に腰掛けて。告げよ、その男に、私が涙にくれているのを見たと>。一見ロマンチックにも見えるようだが、そこには宗主国と植民地の力関係がはっきりと刻印されている。

 

 女の視点に立った詩で最後を締めくくる。芸術家というのはいい気なものだと感心する人もいるかも知れない。