人生はいつでも自由でありたい

f:id:kuromekawa28:20150807120643p:plain新潮文庫

<はじめてチャールズ・ストリックランドを知ったとき、僕は、正直に言って、彼が常人と異なった人間だなどという印象は、少しも受けなかった。だが、今日では彼の偉大さを否定する人間は、おそらくいまい>という書き出し、小説はストリックランドの死後からはじまり、作家の「僕」が知人であったストリックランドの人生を回想する形式で進行する。その作家とは、かの有名なモームだ。

 

17年も連れ添った妻を捨てても、友人から奪った愛人が自殺しても動じないストリックランド、画業にまい進する彼にとって生活は二の次、女は邪魔者である。後にタヒチに移住した彼は、そこでも新しい妻と子を得て創作に励む。画家ゴーギャンの生涯に光を当てた作品、平凡な証券マンだった彼は40歳にして突然、妻子を捨ててロンドンからパリに出て画家になると宣言する。

 

末尾の一文<彼はすばらしい本場牡蠣が十三も、たった一シリングで買えた時分のことを思い出していたのである>かって「貧者の食材」ともいわれ、二束三文だった天然牡蠣は19世紀半ばに海洋汚染の影響などで激減した。以後、「王室ご用達の牡蠣」と呼ばれる高級食材になった。まるで生前には評価されず、死後に高値がついたストリックランドの絵みたいだ。消費社会は残酷である。

 

ラストは僕がストリックランドの死後、彼の最初の妻を訪ねる。彼女は亡き夫の絵を飾り、天才の妻には夫の業績を広める義務があると語った。