上方の人情喜劇の原型

f:id:kuromekawa28:20151021164347j:plain新潮文庫

大阪の大阪らしい織田作之助の名作。一銭天ぷら屋を営む両親の話で、主人公はその娘の蝶子だ。<年中借金取りが出入りした>という書き出しから、商売の状況も見えて来る。

 

曽根崎新地の芸者になった蝶子、大正12年に化粧品問屋の息子で妻子持ちの柳吉と駆け落ち同然に所帯を持つ。この柳吉がどうしようもない男で、ヤトナ(臨時雇いの芸者)でようやく貯めた蝶子の稼ぎを使い果たす。また、勘当された実家にもカネの無心に行く。剃刀屋、関東煮屋、果物屋などと夫婦ではじめた商売も柳吉の放蕩のため長続きしない。

 

 何日も家を空けたあげく「今頃は半七さん」なぞと浄瑠璃の一節を語りながら帰って来る柳吉、蝶子は容赦なくど突き倒すが最後にはいつも許してしまう。一緒になって10年余、ふたりは法善寺で「めおとぜんざい」の店に入る。1杯分のぜんざいを多く見せるため2杯のお椀に分けて出す「めおと」の由来を話して聞かせる柳吉に蝶子は応じる。「1人より夫婦の方が良えいうことでっしゃろ」と。

 

 <蝶子と柳吉はやがて浄瑠璃に凝り出した。・・・柳吉は蝶子の三味線で「太十」を語り、二等賞を貰った。景品の大きな座蒲団は蝶子が毎日使った>「太十」とは「絵本太功記」十段目のこと、夫が手にした座蒲団を「尻に敷く」妻が勝ったのか、それとも自分の趣味に妻を引き込んだ夫が勝ったのかは別として、ふがいない亭主としっかり者の嫁、子には甘い親と近世世話物浄瑠璃にも似た上方人情悲喜劇が織り成す物語だ。

 

甘いぜんざいとやわらかい座蒲団、それは妻を丸め込もうとする夫と丸め込まれたふりをする妻とも言える。