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あの忌まわしい原爆の体験

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永井隆の「長崎の鐘」、歌にもされて長く歌われ続けている。

被爆体験を取材したノンフィクションだけに、GHQの検閲で条件付で出版されたいわく付きのベストセラーとなった。

 

<昭和二十年八月九日の太陽が、いつものとおり平凡に金比羅山から顔を出し、美しい浦上は、その最後の朝を迎えたのであった>。著者は長崎医科大学の医師、付属病院で被爆し、原爆投下直後から医療救護隊の一員として人々の救護に当たった。永井はまた放射線を扱う関係で原子物理学にも精通しており、科学者の目で事態が冷静に観察されている。当事者による予想以上に硬派なリポートといえる。

 

ところが、後年、これが物議をかもす。終盤、市太郎さんという人物が「原子爆弾天罰。殺された者は悪者だった。生き残った者は神様からの特別のお恵みをいただいたんだと。それじゃ私の家内と子供は悪者でしたか!」と、それに対し永井は「さあね、私はまるで反対の思想をもっています。原子爆弾が浦上に落ちたのは大きなみ摂理である。神の恵みである。浦上は神に感謝をささげねばならぬ」と。

 

爆心地となった浦上はキリシタン弾圧で多くの殉教者を出した土地である。そこが被爆したのは他の地を救うための犠牲だったと。この発想は戦争責任を曖昧にする。批判が出たのも当然である。しかし、ラストは渾身のメッセージである。鳴り響く浦上天主堂の鐘、<原子野に泣く浦上人は世界に向かって叫ぶ。戦争をやめよ>祈りの言葉の後に続く一文<誠一と茅乃とは祈り終わって、十字をきった>。

 

妻を亡くし、自らも白血病で余命が長くない永井、やがて残されるだろう4年生の息子と5歳の娘の姿で作品は幕を閉じる。

 

「怒りの広島、祈りの長崎」というイメージに直結した作品である。