f:id:kuromekawa28:20160719150930j:plain中公文庫版

 「この苦しみは体験した者にしかわからない」というのは、戦争体験者がよく口にする言葉だ。その通り、戦争を知らない自分たちが体験者の言葉のすべてを理解することは難しい。ところが、それでも時に彼らが過ごした日常と自分たちが過ごす「今」が重なる瞬間に出会うのだ。

 

 著者は23歳のとき、戦時下にありながら、今の若者に通じる感性で多くの詩を残し、無名のまま23歳で戦死した詩人、竹内浩三の詩と出会う。

「オレは日本に帰ってきた

 帰ってきた

 オレの日本に帰ってきた

 でも

 オレには日本が見えない」という詩だ。

当時の衝撃を著者はこうも書いている。「<かっての戦争>という僕にとってはひどく曖昧な出来事が、自分にも切実な何かであるような気分になった」と、まるで彼の人生を追体験しているようだ。姉の松島こうの思いとともにその半生を綴り、彼の詩を伝えようとする人々の姿を描いていく。

 

 70年以上前に書かれた浩三の詩は、今を生きる私たちが、日常で悶々と抱える悩みや思いと驚くほどつながる「言葉」に溢れている。そして、彼の言葉に、戦争の記憶を若い世代が引き継いでいくための大きな可能性を感じた。

 

 この国も、戦争を知らない多くの世代が豊かさを享受している。それが刹那的でないことを願いながら、この言葉を噛みしめてもらいたいと思う。