2015-01-01から1年間の記事一覧

あの忌まわしい原爆の体験

永井隆の「長崎の鐘」、歌にもされて長く歌われ続けている。 被爆体験を取材したノンフィクションだけに、GHQの検閲で条件付で出版されたいわく付きのベストセラーとなった。 <昭和二十年八月九日の太陽が、いつものとおり平凡に金比羅山から顔を出し、美し…

愚にもつかない男女の情痴話

岩波文庫版 岩野泡鳴といえば、自然主義台頭期の作家として非常に有名だが、この「耽溺」は出世作ともなった異色作である。 あみ 書き出しは<僕は一夏を国府津の海岸に送ることになった>と、相模湾に面した国府津(現在の小田原市)を舞台に、妻子持ちの作…

旅行記として秀逸な記録を見て

中公文庫版 武田百合子作のこの目を惹く題名の下にあるロシア旅行、これがこの本の内容のようです。それも、「昭和44年6月10日 晴」という書き出しで始まっているので、旧ソ連への旅行です。 <横浜大桟橋に九時十五分前に着く。/ ハバロフスク号は真白い船…

今こそ眼を向ける必要がありゃせぬか

講談社学術文庫版 副題は「地球志向の比較学」と言うそうだが、この鶴見和子作の「南方熊楠」という本は1990年代のはじめ頃には出版界で一大ブームを引き起こした。 南方熊楠といえば、植物学にも民俗学にも通じ、粘菌の研究などで知られる人物、19歳で渡米…

一足早いのですが、準備はどうですか

集英社文庫版 世界の今に、もう一度見てもらいたいクリスマスの原点とも言える物語です。 あまりにも有名なイギリスの作家ディケンズの「クリスマス・キャロル」です。クリスマス・イヴの晩に、ケチで強欲で冷酷なスクルージのもとに7年前に死んだ共同経営…

上方の人情喜劇の原型

新潮文庫版 大阪の大阪らしい織田作之助の名作。一銭天ぷら屋を営む両親の話で、主人公はその娘の蝶子だ。<年中借金取りが出入りした>という書き出しから、商売の状況も見えて来る。 曽根崎新地の芸者になった蝶子、大正12年に化粧品問屋の息子で妻子持ち…

奇想天外な仏教にまつわる物語

岩波文庫版 ここにある「西遊記」は、これまで多くの人に読まれ、マンガにもされた孫悟空というサルが主人公の物語、本当の主人公は玄奘三蔵というお坊さんが16年にわたる旅をするものだ。このお坊さんは唐の時代の実在の人物、天竺(インド)への旅をして長…

社会派推理小説の傑作

新潮文庫版 舞台の設定は1947年、<海峡は荒れていた>という始まりから海難事故の概要をたどることになる。正確には9月26日、折からの台風で青函連絡船洞爺丸が沈没する。死者は最終的に1000人を超す大事故となった。その同じ日に、北海道岩内町で死者35人…

世の男たちに告ぐ警告を読んで見たら

新潮文庫版 日本近代文学の祖ともいわれている二葉亭四迷の「浮雲」は、初の言文一致体の小説とされる。 小説は<千早振る神無月ももはや跡二日の余波(なごり)となった二十八日の午後三時頃に、神田見附の内より、塗渡る蟻、散る蜘蛛の子とうようよぞよぞ…

舞台や映画で有名な悲恋の物語

新潮文庫版 「切れるの別れるのって、そんなことはね、芸者のときにいうものよ」というセリフ、聞いた人は多いかも知れない。ご存知、泉鏡花作の「婦系図」の一節、元芸者のお蔦が湯島天神で言うセリフである。 主人公の早瀬主税は恩師の酒井俊蔵の下でドイ…

みんな知っている、あの物語

角川文庫版 「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル原作のこの物語、映画にもなりました。 姉と2人で土手に座っているアリス、<アリスは、なんだかとってもつまらなくなってきました>という書き出しです。<暑い日だったので、すごく眠たくて>ぼうっとし…

人生はいつでも自由でありたい

新潮文庫版 <はじめてチャールズ・ストリックランドを知ったとき、僕は、正直に言って、彼が常人と異なった人間だなどという印象は、少しも受けなかった。だが、今日では彼の偉大さを否定する人間は、おそらくいまい>という書き出し、小説はストリックラン…

画家が書いた絵ではない滞在記

ちくま学芸文庫版 ポール・ゴーギャンといえば、あの画家かと知っている人は多いはずだが、このような滞在記を書いていると知っている人はいないはずだ。彼は1891年6月から93年6月までタヒチに滞在し、約50点の絵画を制作した。その経験を綴ったのがこの滞在…

今の時代には、実に新鮮な恋愛物語

岩波文庫版 若い人には新鮮に映る明治の大ベストセラーが、この徳富蘆花作の「不如帰」だ。 その冒頭は<上州伊香保千明(ちぎら)の三階の障子開きて、夕景色をながむる婦人。年は十八九。品よき丸髷に結いて、草色の紐つけし小紋縮緬の被布を着たり>と紹…

女優は、この人の自伝

新潮文庫版 今回の自伝の女優は、表題にもある高峰秀子さんです。 おの日記はいきなり母の話から始まる<私の母は、今年七十四歳である。母の唯一の誇りは天皇サマ(昭和天皇)と同じ年であること、そして最大の悲しみは一人娘の私が育ちすぎて手に負えなく…

女優のエッセイがテレビドラマに

河出文庫版 見たことありますか?この名女優を、昭和の名脇役として女優であり随筆家でもあった沢村貞子さんです。「貝のうた」は、彼女の自伝的エッセイで少女時代を描いたもので、NHKの朝の連続テレビドラマ「おていちゃん」の原作になりました。 自身への…

国の底辺を支える人がいなくなれば国は亡びる

中公文庫版 いまの日本では、誰しも目立ちたがり屋で物事に楽をして金を求める人たちが増えている。かって、元東京都知事の石原氏が「最近のテレビは、お笑いとグルメ、セックスばかりだ」と嘆いたことがあったが、社会的に影響の大きいマスコミ業界が世の中…

同じ作家とは思えない、この対極にある作品

新潮文庫版 作家はトルーマン・カポーティという人、これが代表作とのことだがあの有名な映画化作品「ティファニーで朝食を」という作品も彼の作品なのだ。 1959年11月、カンザス州ホルカム村で一家4人が惨殺された。その4人とは、大農場主のクラッター氏、…

時代に翻弄された女優

新潮文庫版 李香蘭こと山口淑子の波乱万丈な回想録を描いたのがこの本である。 藤原作弥との共著になっているが、題名通り山口淑子の半生記であり、彼女が生まれてから終戦を迎えて日本へ引き揚げるまでを描いたものとなっている。 1920年、淑子は中国遼寧省…

年下青年と人妻の恋

岩波文庫版 テレビドラマでは一番視聴率を稼ぐ題材ともいえる人妻と独身青年の恋愛を描いた小説、これが「クレーブの奥方」である。 舞台は16世紀の貴族社会、クレーブ夫人と独身のヌムール公は宮廷の舞踏会で出会い、お互い激しく惹かれあう。夫人は美しく…

今こそ、青少年に読んでもらいたい

新潮文庫版 下村湖人作の有名長編小説です。太平洋戦争の始まった昭和16年に第一部の出版が、全五部までの長編シリーズ物です。 主人公の本田次郎は生まれてすぐに里子に出され、幼少時を乳母のお浜夫婦の下で育った。家に戻っても兄や弟となじめず、母のお…

今時の夫婦の見本を見るようだ

新潮文庫版 昔は、姦通といえば悲劇で終わるものが多く、小説でも既婚の貴婦人と独身の青年の道ならぬ恋は女性は貞操を守り女性が死ぬというものだった。この定型を破ったのがトルストイの「アンナ・カレーニナ」だ。 高級官僚カレーニンの妻アンナと、青年…

清純路線の少女の物語をどうぞ

新潮文庫版 オールコット作のこの物語、ときは南北戦争の真っ只中で、少々気位の高い16歳の長女メグと男の子みたいな15歳の次女ジョー、引っ込み思案の13歳の三女べス、こまっちゃくれた12歳の四女エミイが登場人物のマーチ家四姉妹が経験する1年間の出来事…

まだまだ童話を読んで見て

岩波文庫版 今日の童話は、貧しい庶民の物語です。飢饉で日々のパンも手に入らなくなった木こりの一家、夫婦は子どもたちを森に捨てようと話し合っています。「そんなこと、わしはごめんだ」と渋る夫に「ばかだねえ。そんなこと言ってたら、四人とも、うえ死…

有名童話をもう一度じっくりと読んで見ては

岩波文庫版 1697年のペローの童話「眠れる森の美女」は有名だ。もうひとつ、これと似たストーリーの童話「いばら姫」というのもある。こちらはグリム童話、大変似た部分が多いが終盤に違いが出て来る。ペローの方には人生訓めいたラストがあるので注目だ。 …

幻想的で不気味な短編小説

岩波文庫版 <君は広告に目を止める>という書き出し、その広告とは<若い歴史家求む。細心周到で几帳面、フランス語の知識要>というもの。それを見た君、フェリーぺは指定の住所を訪ねる。そこは暗闇の屋敷で、求人主は100歳を超えていそうな老婦人だった…

いまの若者に捧げたい

講談社文芸文庫版 目標を見失い、あるいは見つけれない若者が増えている。馬鹿な犯罪に手を染めても目立ちたいという今時の若者心理には困った現象で、もう一度原点に戻って、この本でやり直して欲しい。 「少年倶楽部」という少年向けの本があった。そこに…

幻想的なラテンアメリカ文学はいかが

岩波文庫版 作者はコルタサルという人、短編の名手として知られ、フランス留学中に会得したシュールレアリズムを取り入れた幻想的な作風になっている。 <どう話したものだろう。ぼくはと一人称ではじめるべきか、きみは、彼らとすべきか>で始まり、語り方…

定年退職したサラリーマンよ、一読したら

河出文庫版 一昔前の作家ともいう源氏鶏太、昭和のサラリーマンの小説を書き続けたもっとも忙しい作家の一人だった。「停年退職」はその彼の中期の代表作で、新聞にも連載された小説である。 矢沢章太郎は北陸の旧制高校を卒業して、東亜化学工業なる会社に…

今日のお勧め本はこれです

新潮文庫版 見ての通り、ホーソンの緋文字という小説は推理小説の要素をちりばめたアメリカ史の負の一面を鋭く描いた長編物です。 税関の2階で、赤いAの文字を刺繍した布と謎の文書を税関史の私が発見する。 そこには忌まわしい出来事が綴られていた。 物語…