2016-01-01から1年間の記事一覧

今の殺伐たる世相はこれと同じなのか

新潮文庫版 <ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した>、ご存知フランツ・カフカの「変身」の冒頭部がこれだ。 意識は人間のまま、視覚も聴覚ももとのままなのに、身…

中公文庫版 「この苦しみは体験した者にしかわからない」というのは、戦争体験者がよく口にする言葉だ。その通り、戦争を知らない自分たちが体験者の言葉のすべてを理解することは難しい。ところが、それでも時に彼らが過ごした日常と自分たちが過ごす「今」…

一歩間違えると、大変な世の中だ

角川文庫版 オーウェル作「動物農場」は、旧ソ連のスターリン時代の独裁者を寓話風に批判した20世紀版イソップ物語である。 <荘園農場のジョーンズ氏は、夜、鶏小屋の戸締りをしたが、すっかり酔っ払っていたので、つい、くぐり戸を閉め忘れてしまった>…

アジアを旅して非日常を感じる

新潮文庫 小林紀晴著の「アジアン・ジャパニーズ」は、ある日本人による発信だ。 2002年夏に、私はタイのバンコクの安宿にいた。3畳ほどの部屋のベッドに横になり、天井の扇風機を眺めながら「旅の日常に埋没していくんだ」という言葉を思い浮かべる。バブ…

赤いカーテンに包まれた体制下の学校で何があったのか

集英社文庫版 1960年台のチェコの首都プラハにあったソビエト大使館付属の8年制普通学校で、ダンスを教えていた女性教師の人生が描かれているサスペンス溢れる長編小説だ。 この「オリガ・モリソヴナの反語法」という題名からして、いかにもロシア通の作で…

これを中国人はどう見る?

新潮文庫版 パール・バックのあの有名な大河小説、学生たちへの推薦書ともいうべき物語だったが現代人はどのように感じるだろうか。否、今の日本人こそどう思うのか興味が深い。 貧農から地主までに成り上がった一代目、父が残した財産を元手にそれぞれ勝手…

昔の物語には知恵があるようだ

小学館文庫版 浜田廣介作の「泣いた赤おに」には、多くの謎も含んでいる作品といわれている。 人間と仲良くなりたい赤鬼が戸口の前に立て札を出した。その内容はこうだ「ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス。/ ドナタデモ オイデ クダサイ」と。ここには、お…

身に覚えがある貴方、気をつけましょう

講談社文芸文庫版 お互いに好きで一緒になったはずなのに、こんなはずじゃなかったという中年夫婦、その会話はあまりに生々しく、読者は読みたい、いやもう止めてとも迷うかも。 物語の発端は、妻の時子が年下の米兵・ジョージと関係を持ったことからだった…

貧困とは、こんなに凄まじい人生なのだ

新潮文庫版 ゾラの代表作「居酒屋」は、日本の自然主義ともいえる人間の姿を写実的に描いたものである。 主人公のジェルヴェーズは22歳、8歳と4歳の息子の母、洗濯女で生計を立てていたが、内縁の夫のランチェが失踪してブリキ職人のクーポーと結婚する。ま…

戦争の残虐さの極みを暴く

新潮文庫版 舞台は知床、一見すると紀行文のようにも思える書き出しだが、読み進むうちにとんでもない方向へと行く奇妙な不気味さを含んだ作品である。 <私が羅臼を訪れたのは、散り残ったはまなしの紅い花弁と、つやつやと輝く紅いその実の一緒にながめら…

もうひとつの童話はこうなっている

岩波文庫版 童話の「赤ずきん」といえば、誰でも知っているおとぎ話だが二つのバージョンがあるとは知らなかった人も多いのではないだろうか。それはペローとグリム兄弟のもので、その結末はまるで逆なのだ。 猟師がオオカミの腹を割き、赤ずきんとおばあさ…