今の殺伐たる世相はこれと同じなのか

f:id:kuromekawa28:20160727132743p:plain新潮文庫

 <ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した>、ご存知フランツ・カフカの「変身」の冒頭部がこれだ。

 

意識は人間のまま、視覚も聴覚ももとのままなのに、身体や言葉は自由にならないグレーゴル、家族は彼を気味悪がり、最後に彼は死んでしまう。わが身を不本意と感じながらも、どうすることもできない主人公、変わってしまった彼を持て余し、おろおろする母、リンゴを投げつける父、食事だけは運びながらも徐々に世話をしなくなる妹。

 

今の時代を投影したような引きこもりの少年、うつ病のサラリーマン、そして寝たきりの高齢者などと符合する。

 

ある日、グレーゴルの両親と妹は数ヶ月ぶりに親子3人で外出する。電車の中で娘が美しく成長していることに気づいた両親は<この娘にも手ごろなお婿さんを捜してやらねばなるまい>と考える。そして<降りる場所に来た。ザムザ嬢が真っ先に立ち上がって若々しい手足をぐっと伸ばした。その様子は、ザムザ夫妻の目には、彼らの新しい夢とよき意図の確証のように映った>。

 

手足を伸ばす妹は、寝床の中でうごめく足を発見したグレーゴルとは対照をなす。

つまり、「厄介払い」の後に訪れた新しい希望なのか、この解放感が身に覚えのある人たちもいるかも知れない。