有名童話をもう一度じっくりと読んで見ては

f:id:kuromekawa28:20150302103944j:plain岩波文庫

 1697年のペローの童話「眠れる森の美女」は有名だ。もうひとつ、これと似たストーリーの童話「いばら姫」というのもある。こちらはグリム童話、大変似た部分が多いが終盤に違いが出て来る。ペローの方には人生訓めいたラストがあるので注目だ。

 

長く子どもができなかった王と王妃に待望の女の子が生まれた。祝いの席に仙女がやって来て次々に幸福を約束するが、ひとりの仙女が「姫は将来、紡ぎ車に刺されて死ぬだろう」と予言した。次の仙女が訂正する。「姫は死なない。100年の眠りにつくだけだ」そして15年後・・・。

 

姫が眠りから覚めた後、彼女のもとに王子は2年以上も通い詰め、娘と息子までもうけるが、彼は決して父母に秘密を打ち明けなかった。母である王妃が人食いの種族だったからである!

 

父母の死後、ようやく妻子を城に迎えた新国王だが、彼の留守中に王太后は孫と嫁を食べたいと言い出した。料理長はそのたびに羊や鹿を供してごまかす。ところがある日、うそがばれて、怒った王太后はヒキガエルやヘビでいっぱいの大桶を用意し、一同を投込もうとしたその矢先、王が帰って来た。逆上した王太后は自ら桶に飛び込んで食い尽くされてしまった。<王はそれでも悲しい思いをしました。何故なら、母親だったからです。けれども、その悲しみも美しい妻と子どもたちですぐなぐさめられました。>

 

王子の隠し子、嫁と孫に牙をむく肉食系の母、その母の自滅、スキャンダラスでグロテスクな後半だ。相手がいかに金持ちで美男であっても、結末がこれでは・・・結婚は人生の墓場なのか?

 

幻想的で不気味な短編小説

f:id:kuromekawa28:20150224142411j:plain岩波文庫

 <君は広告に目を止める>という書き出し、その広告とは<若い歴史家求む。細心周到で几帳面、フランス語の知識要>というもの。それを見た君、フェリーぺは指定の住所を訪ねる。そこは暗闇の屋敷で、求人主は100歳を超えていそうな老婦人だった。

 

婦人の名は、コンスエロといい60年前に夫を亡くし、夫が残した回想録を整理して出版できるようにして欲しいという依頼である。しかも彼女がいうには「この家で寝起きしていただくという条件です」とのことだった。

 

 部屋を与えられたフェリーぺはさっそく作業に取り掛かるが、その屋敷には夫人の姪だというアウラなる女性がいて、彼はアウラの魅力に取りつかれてしまう。

 

夜ごと、エロティックな夢にうなされるフェリーぺ、叔母に幽閉されているのではと疑った彼は、彼女の救出をもくろむが・・・。彼のベッドに現れるコンスエロ夫人ともアウラともつかぬ女性の幻影は、ときに若く、ときには老い、ときには骸骨のように目に穴が開いている。

 

 ラスト近くでは、私の部屋に来てとアウラに誘われたフェリーぺはついにエロティックな夢を実現させる。終わって唇を離すとそこには老いた女性の裸体が・・・。<あの子は戻ってくるわ、フェリーぺ。二人で力を合わせて彼女を連れ戻しましょう。しばらく、力を蓄えさせて。そうしたら、もう一度あの子をよみがえらせて見せるわ>と、アウラはいつまでも若くありたいと願う夫人の願望が生み出した影ではなかったのか。

 

 

 

いまの若者に捧げたい

f:id:kuromekawa28:20150209140028j:plain 講談社文芸文庫

 目標を見失い、あるいは見つけれない若者が増えている。馬鹿な犯罪に手を染めても目立ちたいという今時の若者心理には困った現象で、もう一度原点に戻って、この本でやり直して欲しい。

少年倶楽部」という少年向けの本があった。そこに連載されたのが「ああ玉杯に花うけて」というこの小説で、作者は50歳を過ぎた佐藤紅緑という人だ。連載が始まるや、一躍人気作家となった。

主人公の青木千三は15歳、身体は小さく「チビ公」と呼ばれていた。幼い頃に父を亡くし、いまは母と二人で豆腐屋を営む伯父夫婦の家に身を寄せている。成績優秀なのに家が貧しく進学をあきらめた彼は、中学で学ぶ少年たちが羨ましくて仕方がない。

旧制中学の進学率が10%以下だった時代、浦和を舞台にした少年たちのドラマが内容である。貧富の差、恵まれた者とそうでない者の差を残酷までにあぶり出す。スーパーマン的優等生の柳光一、助役の息子で千三が売り歩く豆腐を強奪するジャイアント級の阪井厳、医者の息子でスネ男よろしくずる賢く立ち回る手塚などが登場人物である。

豆腐屋を手伝いながら、黙々と私塾に夜だけ通い始めた千三は、そこで塾OBの安場に出会う。貧しい境遇から自力で旧制一高に進学した安場は黙々と先生の教えを千三に伝える。強くなりたければ臍下丹田に力を入れろ、先生に「へそをなでろ」といわれた自分は難問に出会うといつもそうしていると安場は話す。

「ああ玉杯に花うけて」とは旧制一高の寮歌の歌い出しで、物語の根底に流れているのは、勉学に励んで貧しさから抜け出せという明治以来の立身出世主義である。

貧しくても未来を信じて勉学に励め、というメッセージが新鮮でまぶしい。

幻想的なラテンアメリカ文学はいかが

f:id:kuromekawa28:20150202120129p:plain 岩波文庫

 作者はコルタサルという人、短編の名手として知られ、フランス留学中に会得したシュールレアリズムを取り入れた幻想的な作風になっている。

<どう話したものだろう。ぼくはと一人称ではじめるべきか、きみは、彼らとすべきか>で始まり、語り方を思案しつつ<今、ぼくに見えているのは雲だけだ>とか<今、鳩が一羽飛んでいく>とか、余計な描写が至るところに垣間見える。じつは彼の生業は翻訳家だが、趣味で写真も撮っているのだ。

 さて、1ヶ月の11月7日「ぼく」はパリの川岸でひと組の男女を見ていた。母子ほども年の離れたアベック、少年は14~15歳、女は少年を誘惑しようとしているらしい。「ぼく」は想像を逞しくしながらシャッターを切るが、女に見とがめられ、フィルムを渡せと迫られる。その隙に少年は逃げ、あやしい男が近づいて来た。部屋に戻った彼はフィルムを現像し、引き伸ばして壁に貼った。ところが、ふと気づくと写真の中の人々が動いている!

<あの時、ぼくは何も知らずにその場に割り込んで行き、そのせいで向こうの筋書きが台無しになってしまったが、その続きが今始まろうとしていた。現実は、ぼくが以前に想像したよりもはるかに恐ろしいものだった>しかし、写真のこちら側にいる自分は少年を助けることができない。

ラストは、「ぼく」は長方形の画面を見ている。<少しずつ画面が明るくなる。たぶん、太陽がのぞいたのだろう。ふたたび雲がかたまって姿を見せる。時には鳩や雀が飛び過ぎることもある>コルタサルは、小説が映画に似ているとすれば、短編は優れた写真に似ていると述べている。それを地で行くような短編小説である。

 

定年退職したサラリーマンよ、一読したら

f:id:kuromekawa28:20150126191247j:plain河出文庫

 一昔前の作家ともいう源氏鶏太、昭和のサラリーマンの小説を書き続けたもっとも忙しい作家の一人だった。「停年退職」はその彼の中期の代表作で、新聞にも連載された小説である。

矢沢章太郎は北陸の旧制高校を卒業して、東亜化学工業なる会社に勤めるサラリーマン、現在は厚生課長だが、半年後には停年を控えている。5年前に妻を亡くし、長女ののぼるは22歳、長男の章一は高校生だ。停年後の身の振り方に頭を悩ませているが、まだピンと来ない。

サラリーマンの停年が55歳だった時代で、年金制度も整いつつあった。しかし、それが当てにできなかったのか、章太郎は再就職先を探すしかない。<章太郎は、卓上カレンダーをめくって、九月一日を出した。そこへ、赤鉛筆で「停年退職」と書き、更に、八月一日のところに、「停年退職一ヶ月前」と書いた>。

こうして物語は章太郎の停年までの半年間を追う。自身の再就職問題、商社に勤める娘の失恋と結婚問題、女性社員の不倫、・・・。その上会社の派閥抗争の影響で章太郎は厚生課長の座を追われ、停年間際に参事室勤務と言う閑職に飛ばされる。とは言え、あまり悲壮感がないのは、終身雇用制と年功序列賃金を背景にした安定した時代だったからでもある。

章太郎には3年越しの愛人がいた。再婚話は浮上するも、家には住み込みの頼もしいお手伝いさんがいて、万事取り仕切ってくれる。羨ましい境遇なのだ。結末はハッピーエンド、章太郎が目にかけていた部下と娘ののぼるが結婚、再就職先も決まった。

問題の9月1日<章太郎は、一切のみれんを振り捨てるようにして立ち上がった。「停年退職」と朱書したカレンダーは、そのまま、残されてあった>。

 

今日のお勧め本はこれです

f:id:kuromekawa28:20150104155820p:plain 新潮文庫

  見ての通り、ホーソンの緋文字という小説は推理小説の要素をちりばめたアメリカ史の負の一面を鋭く描いた長編物です。

税関の2階で、赤いAの文字を刺繍した布と謎の文書を税関史の私が発見する。

そこには忌まわしい出来事が綴られていた。

物語は17世紀半ばのボストンから始まる。広場の「さらし台」に立たされていた彼女の名は、へスター・プリン、赤ん坊を抱き、衣装の胸には赤いAの文字が縫い付けられていた。Aというのは、不義の子を産んだ罪の印である。相手の男は誰かと問い詰められた彼女は、断固としてこう言い放つ。「絶対に言いません!」と。

人妻の身で他の男と関係したへスター、生まれた娘はパールと名付けられ、妖精のような子どもに育った。そこへ、へスターの夫だった老医師アーサー・ディムズデールなどが絡み、物語は心理劇の様相を帯びて行く。

ラストで描かれるのは老いたへスターの毅然とした姿、そして彼女が葬られた墓の描写である。<この物語はなるほど暗いけれども、絶えず燃え盛る影よりもなお暗い一点の光によってのみ際立ち、かつ救われているのであるー「黒地ニ赤キAノ文字」>

緋文字で始まり緋文字で終わる物語なのだ。