貧困とは、こんなに凄まじい人生なのだ
新潮文庫版
ゾラの代表作「居酒屋」は、日本の自然主義ともいえる人間の姿を写実的に描いたものである。
主人公のジェルヴェーズは22歳、8歳と4歳の息子の母、洗濯女で生計を立てていたが、内縁の夫のランチェが失踪してブリキ職人のクーポーと結婚する。まもなく娘が生まれ、小さな洗濯の店を持つまでになったが、そこにあのランチェが帰って来たあたりから、人生の転落が始まる。19世紀のパリの労働者階級をドキュメンタリータッチで描いた長編小説だ。
女を食い物にするランチェ、アルコール依存症の果てに病院に収容されるクーポー、DVの絶えない家庭で育った娘のナナは15歳で家出をして夜の世界に行く。主人公のジェルヴェーズも酒に溺れ、最後は飢えのためにゴミをあさり、客を引くまでになる。
<ああ!貧乏人の餓死、飢渇を叫ぶからっぽの臓腑、歯を鳴らして不潔なものを腹いっぱいに詰め込もうとする獣の欲求、これほど光り輝く金色のこのパリにそれがあるとは!>ラストはジェルヴェーズの死、死後2日目に発見された彼女を粗末な棺に納めたのは、昔、彼女が毛嫌いしていた葬儀人夫のじいさんだった。彼はつぶやく。
「さあ、おまえさんは幸せになったんだよ、ぐっすり寝るんだぜ、別嬪さん!」と。
主人公の死にも周囲は冷たく、物語はヒロインを特別扱いしない。こんな死に方はいくらでもあるんだぜとでも言うように貧困の実態をあからさまに描いたことで、出版当時のパリでは大スキャンダルになったそうだ。
21世紀の日本も他人事ではなさそうだ!